■地域ブランド最前線
第2回 地域ブランドの現状と課題
■瀬戸で始まった「究極のせともの」づくり
日本有数の陶磁器の産地、瀬戸。いまここで若手事業者が集まって「究極のせともの」づくりが始まっている。
瀬戸は、日本国内だけでなく、世界でも1、2を争う良質な陶土を有した陶磁器の産地。1300年という長い歴史と伝統に培われた技術力は目を見張るものがある。その一方で、「せともの」などと安価な陶磁器の代名詞にもなってしまい、「瀬戸焼」としての高級で品質の高いイメージは定着していない。古くから量産体制を確立し、日用品から産業用まで幅広い分野でバラエティに富んだ商品をリーズナブルに提供してきた。しかし、それが高度な技術を有しているにも拘わらず、安物のイメージにつながってしまっている。
瀬戸は食器以外に置物や飾り物などの分野も多く、高度成長期には洋食器と並んで輸出も盛んだった。ところが、現在、輸出は中国や東南アジアなどの廉価製品に押され、低迷してしまっている。国内市場においても同様で、和洋食器、置物ともに売上は急減している。しかも瀬戸はOEM(相手先ブランドによる商品)生産に力を入れてきたため、「瀬戸」としてのブランドが確立できていなかった。
■アジア諸国の低価格商品に押されて地場産業が窮地に
瀬戸の例に限らず、いま各地の「地場産業」が窮地に追いやられている。高い技術を有して価値ある商品づくりを行っていた地域の歴史ある産業や伝統工芸が、中国をはじめとするアジア諸国からの低価格の商品に押され、市場性を失ってしまったのだ。それに対応すべく効率化を進めた結果が、商品の画一化による各産地の特徴を失うことにつながり、職場や技術面での魅力も薄れて人材不足・後継者不在に陥り、未曾有の危機に瀕してしまった。
こうした状況を打開すべく、多くの地場産業が取り組んでいるのがブランド戦略だ。全国各地に世界に類を見ない高い技術を有している地場産業がたくさんある。「伝統工芸品」と言われるものはまさにそうで、人間国宝級の職人が美術品としての価値の高い製品を作り続けている。ところがその一方で、消費者のライフスタイルの変化には対応できず、売り上げは低下する一方だ。
そこで、地場産業のブランド戦略として、消費者視点での商品づくりとマーケティングの見直しが積極的に行われ、あるいは、有している技術を使った全く新しいものづくりをめざしている。そしてこれらの取り組みが行われやすいよう、世界に誇れる商品開発を行う場合の支援策として「JAPANブランド育成支援事業」や、地域の資源を生かした新商品の開発や観光資源の開発など、全国規模の市場展開を目指すプロジェクトを支援する「小規模事業者新事業全国展開支援事業」、そして地域資源を生かした取り組みに対して幅広い支援を行う「地域資源活性化プログラム」など、政府も豊富なメニューを打ち出している。
■瀬戸「究極のビアカップ」で新たなブランドへ
瀬戸では、2005年に「瀬戸モダン」と銘打ったプロジェクトがスタートした。これは陶磁器の業界と商工会議所が共同で取り組んだもので、海外のデザイナーを招聘し、イメージの高い商品を製作、それをコンセプトショップで販売しようというものだった。デザイン性の高い商品によって瀬戸のイメージを高めようというもくろみだ。
ところが、この計画、一見よさそうに見えるが、実は大きな落とし穴がある。つまり、海外デザイナーとの契約が切れれば瀬戸には何も残らない。また、消費者はデザインを目的に購入するのであって、「瀬戸」の品質やイメージで購入するわけではない。さらに、コンセプトショップは自社ブランドで売ることを考えるため、これでは従来のOEMとなんら変わりはないことになる。つまり長年の課題である「下請けからの脱却」と「消費者ニーズにあった商品開発」につながるような仕組みになっていないのだ。
そこで、瀬戸は一旦はこのプロジェクトを中止し、新たなブランド戦略に取り組み始めた。まずは徹底的に市場や技術面での強みと弱みを分析し、そこから瀬戸の新たな取り組みを計画した。それは、実行計画も伴った次の3つのプロジェクトだ。
@ 「瀬戸ロハス基準」環境と健康をテーマにした、他の産地にはできない瀬戸独自の技術の開発、および商品シリーズの開発(技術面での取り組み)
A 「究極のお茶」単なる器作りではなく、文化や消費者の食生活までをも提案できる新商品の開発(ソフト面での取り組み)
B 「オーダーメイドのビアカップ」顧客の個別のニーズ(嗜好)に対応できるような生産・受注体制の整備(組織面での取り組み)
2006年度に中小企業庁の「JAPANブランド支援事業」として採択され、これらの3つのプロジェクトがそれぞれのチームを組み、お互いに競争しあいながら開発を続けた。そして、それらの結果を統合する形で、ついに2007年度に「究極のビアカップ」づくりに取り組んだ。
すなわち、最高のビールを飲むための徹底したビールと器の研究と消費者ニーズ調査を行い、陶器と磁器の両方の魅力を併せ持つ、新感覚で最新の技術による食器づくりに若手の事業者が一堂に集まって、共同プロジェクトとして取り組んだのだ。
結果的に「究極のビアカップ」もプロトタイプ(写真参照)が11月に完成し、それらを使って消費者調査(ビールの試飲による調査)を実施。それらを生かした「究極のビアカップ」は完成した。今後はこのビアカップの事業化、そして第二、第三の製品づくりに取り組み、新しい「究極のせともの」の実現を推進していく。瀬戸のブランド戦略はいよいよ滑走路を走り始め、青空に向けて羽ばたき始めた。
ブランド総合研究所 代表取締役社長 田中 章雄