■地域ブランド構築法
第4回:ブランドの拡張
「ブランドを作る」「ブランドを守る」に引き続き、今回は「ブランドを拡張する」についてお話します。
「農産物をブランド化すると、どのようなメリットがあるのでしょうか?」
先日、ある地方自治体で、地域の農産物のブランド化に取り組んでいるAさんから、このような質問を受けました。今、「地域ブランド」への取り組みが大流行しており、これについての調査・研究を始める地方自治体が急増しているのです。
Aさんも半年前に「地域ブランド」に取り組み始めてはみたものの、いったい何をすべきなのかが全然わからない。そもそも、「地域ブランド」に取り組めば、どんなメリットがあるのかさえも、よくわからなくなってしまったというのです。
そこでAさんに、「では、あなたが考えていた地域ブランドの取り組みの内容はどのようなものですか?」という質問を投げかけてみました。すると、次のような答えが返ってきました。
「まず、××県ブランドのマークを設定します。次に××県の特産品を生産している農家から、このマークをつけたい特産品を募集します。それらの中から、品質などの点で評議委員が評価し、合格となった特産品を『××ブランド』の商品の一つと認定して、そのマークの使用を認めます」
なるほど。全国的にも、こうした地域ブランドの「認定」作業は、おおむねこのような流れで行われることが多いようです。
しかし、これはとても「ブランドへの取り組み」などと言える内容ではありません。Aさんが言うこのようなことをしてどのようなメリットがあるのかは、私にも全くわかりません。
以前にも書きましたが、そもそも「ブランド」というものをマークや名前などの商標のことだと思い込んでいる人が少なくありません。ですが、これは全くの勘違いです。
ブランドとは、「消費者から得ている高い評価」のことであって、単なるマークではないのです。
Aさんが行っているのは「××県のマーク使用の認定作業」という作業です。これは、正しいブランド戦略の中で似たものを強いて挙げるとすれば、「ブランド拡張」を行うプロジェクトに近いかもしれません。
(1)無計画な拡張の危険性
「ブランド拡張」とは、ある強いブランドがあったときに、そのブランド(繰り返しますが、「消費者から得ている高い評価」のことです)を利用して、新しい市場を獲得しようという戦略です。
たとえばトヨタ自動車は、人気車種「クラウン」のサブブランドとして、「クラウン マジェスタ」「クラウン ロイヤル」「クラウン アスリート」「クラウン エステート」といったラインナップを持っています。
強いブランド名「クラウン」を使って、商品点数を増やしているわけです。もちろん、商品点数を増やしても、それぞれが元の「クラウン」と全く同じコンセプトでは意味がなありません。各サブブランドが、既存の商品ではカバーし切れていなかった価格帯、商品分野、地域(輸出を含む)、対象顧客などを開拓する目的があることが条件です。
ところで、ブランド拡張は既存の強いブランドを活用して、企業の売り上げや利益を高める戦略なのですが、その一方で非常に大きなリスクも持ち合わせています。仮に「クラウンマジェスタ」に欠陥が発見されてしまった場合(あくまで架空の話です)、その不評は「クラウン」のブランドで展開しているすべての車種の売れ行きにも影響を及ぼします。
つまり、拡張した分野での悪い評判は、元のブランドにも悪影響を及ぼしかねない。従って、サブブランドが親ブランドを傷付けることがないよう、各商品の品質管理は厳重にすべきなのです。
また、仮に「クラウンエステート」が国民車と呼ばれるほどに大ヒットした場合は、街中にクラウンがあふれてしまうことになります。つまり、「クラウン」というブランドの希少性が損なわれてしまうことになります。
ブランドが持つプレミアムは流通量と反比例するという性格を持っています。つまり、あるブランドの商品の流通量が増えれば増えるほど、そのプレミアムは低下してしまうという危険性を持っています。
ここで話を農産物に戻しましょう。
農産物の場合は特に、ブランドのプレミアムが流通量と反比例するという法則に注意する必要があります。なぜなら、日本の人口はもはや増えることはないからです。つまり、日本国内においての農作物自体の需要は、量的には増えないことを意味しています。
需要が増えないということは、一般に価格は供給量に左右されることになります。つまり、販売量が増えれば、それに反比例するように価格は下落するということです。
どの作物も、豊作の年は価格が下落してしまいます。そこで果実や野菜などは特に、価格を安定させるためにつぶしてしまうようなことがよくあります。つまり、努力して生産量を増やしても、それが収入増につながるわけではない。そのことは、みなさんが経験の中でよくご存知の通りです。
水産でも事情は同じです。サンマなどは大漁になるとスーパーの店先では1匹100円を割り込むくらいに価格が急落してしまいます。
同じように、あるブランドを無計画に拡張していくと、そのブランドのプレミアムがどんどん低下してしまうのです。
そこで、前回の地方自治体職員のAさんです。彼が担当しているブランドは、現在構築している段階です。つまり、今のAさんがすべきことはブランドの希少性を高めて、その価値を高くすることです。決して、新しい分野の商品にそのブランドを広げるという「ブランド拡張」をする段階ではない。むやみにブランド拡張をすると、その「ブランド」が街にあふれてしまって、希少性やインパクトが薄れてしまうからです。
時期を誤って無計画にブランド拡張に取り組むことは、そのブランドにとって致命傷になることもあります。
(2)コンセプトなしに拡張なし
では、ブランド拡張が有効なのはどんな場合でしょうか。それは、以下のような段階に来た時です。
- ブランドが十分に強くなり、そのブランドを使って利益や売上げを高めたい場合
- その商品の市場が飽和してしまい、もはやその商品分野では市場の拡大が見込めない場合
- 人材が余っていて、新しいビジネスを開発する必要がある場合
以上のような場合でなければ、ブランド拡張はとても効果があるとは考えられません。
Aさんの県のブランドのついた商品として、仮に、粘りの強い米と、甘さの強いりんごと、コシのあるうどんと、油の乗ったアジがあったとします。消費者はこのブランドの名前を聞いた時に、どんなイメージが湧くと思いますか?
答えは、全くイメージが湧かない単なるマーク、です。
だから、もしAさんが認定作業を行うのであれば、そのブランドの特徴を明確に定めてから、そのブランド・コンセプトに見合った商品だけを選んでブランドの使用を許可するようにすべきです。
もちろん、「品質がいい」といった曖昧でかつ漠然としたルールでは決して認可すべきではありません。「品質がいい」というイメージは、ほとんどすべてのブランドが目指していることで、特定のブランドの特徴にはなり得ません。
今、公的機関が地域(産地)ブランドとして登録や承認を受け付けて、そこで”お墨付き“を得た農作物や食品を保護するような新法を制定するという動きがあります。
しかしこれは、たとえば関サバや松坂牛などのような厳密なルールを策定して、その品質と権利を守ろうという動きを支援するものであって、やみくもに「地域ブランド」(マーク)を乱発しようというものではないことに気づくべきです。
ブランド化することによるメリットとは、決して販売量を増やすことではないのです。ブランド化することは、商品の品質や付加価値などでプレミアムを高め、利益率を上げることなのです。
ブランド総合研究所 代表取締役社長 田中 章雄
初出:「農業経営者」2004年11月号(農業技術通信社)