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■地域ブランド・マニュアル

第6回:地域ブランドのマネジメント

 ブランド戦略の実施に当り、最初に必要なのはブランド戦略を推進する組織作りだ。ブランド戦略は行政、製造部門、接客部門、管理部門などそのブランドに関係するスタッフ全員が行う必要がある。しかし、戦略として実行に移すためにはブランド戦略全体を管理・推進する組織が必要である。

6-A ブランドマネジメントの組織

 ブランド戦略の組織の一例を下図に表わす。


 ブランド戦略は地域全体に及ぶために、それらを統括するブランドオフィサー(最高責任者)は知事や市長などの組織のトップが望ましい。その直轄組織として専任スタッフ数名による組織とその統括管理者(マネージャー)が実際のブランド戦略を担当する。
 そして行政、農業、食品加工、観光、誘致などブランド戦略を導入する分野ごとに設置した管理者(マスター)とその配下のスタッフが実際にブランド戦略を実行することになる。

 

 

6-B ブランドの理解(インターナルブランド)

 ブランド戦略とは、一部の担当者だけが行うものではない。ブランド戦略の担当者は舵取り役または水先案内人であり、ブランド戦略に基づいて実際にアクションを起こすのは、各部門(現場)の管理職から一般スタッフまで、そのブランドに関係するすべての人である。そのため、ブランド戦略を実施するに当たって最も重要なのことは、関係者に「ブランド」についての理解を促し、意識を高めることだ。
 ところで、地域ブランドとは「商品に地域名を付けて売ること」とか「地域名の付いたヒット商品を作ること」と決め付けている場合が少なくない。しかし、これらは単なる「地名」を使った販売戦略や、地名を使った商品開発であって、地域全体のブランド戦略ではない。「なぜ地域ブランドが必要なのか」にあるように、地域のイメージを高めたり、地域の活性化につながる活動であったりしなければ、「地域ブランド」とは言えないからだ。
 つまり「地域名を冠した商標」あるいは「地域名をデザイン化したマーク」を他の商品と識別する手段として使用する前に、その地域にしかない特徴や魅力を込めて、消費者や顧客からの評価を高める必要がある。
 このような地域ブランドの本質を理解し、それを実行するための意識作りを行うプロセスなしではブランド戦略は始まらない。地域ブランドの関係者全員がブランドについての理解を深めるのが「インターナルブランド戦略」の目的だ。
 同時に取り組むべきは、ブランドの担い手としての意識を高めることだ。有名企業において、役員や社員の不祥事、事故処理の不手際、顧客不在の経営方針、役員の不用意な発言、虚偽の報告、責任転換、顧客情報の流出などによってブランドが傷付き、失墜してしまった例は少なくない。内部調査能力の不足、自己保身の姿勢、「臭いものに蓋をする」発想や体制は、消費者に不信感を与えるだけでなく、ブランドを破壊しかねないものであり、厳に戒めなければならない。
 このような例を教訓として、いま大手企業ではコンプライアンス(法令順守)、個人情報保護などをはじめとして、「企業の社会的責任(CSR)」に関する社内教育と、ルール作りが進んでいる。こうした姿勢が厳しく問われつつある世の中において、地域ブランドに取り組む各業界、企業、行政も襟を正し、自らの地域ブランドを低下させるような原因を取り除くように努力すべきだろう。

6-C ブランドの現状と課題の把握

 地域ブランドを統合された戦略として実現していく以前にも、特産品、観光資源、地域の特徴を活かした商品・サービスや、地域ブランドの有力な構成要素となることが期待される商品・サービスなどがあるはずだ。地域ブランド戦略の立案に当たって、これらの現状を把握、整理し、直面している課題を共通認識としておく必要がある。
 また、自分が直接は関係していない業界であったとしても、その地域ブランドの現状がどのようであるかを把握しておくことは、戦略を立てたり、消費者による地域に対する評価やイメージを理解したりするためには不可欠である。これらの情報は、そのブランドに関係する人がいつでも閲覧し、理解できるようにしておくことのがよい。
 地域のブランド戦略に取り組んでいく上では、他の地域の動向などについての情報収集も重要だ。マスコミから得られる情報の他、他の地域と直接情報交換や、コンサルタントや研究者から情報提供を受けるパイプ作りなども行っておく。集めた情報は、自分たちの地域にある商品・サービスの現状と同様に整理し、いつでも閲覧できるようにしておく。
 他のブランドの情報を得ることは、成功と失敗の事例を学ぶことにもなる。成功事例からは、ベストプラクティスを抽出することができる。これは、成功したブランドのコンセプトを真似ることではなく、そのブランドがなぜ、どのようなコンセプトを構築し、どのように実現したか、その戦略立案と行動の過程や組織を研究することである。失敗事例についても同様の研究を行い、やってはいけないことを学びとる。
 また、ブランド構築は単独で実現できるものではない。地域のブランドはそのテリトリー(範囲)が広くなればなるほど、その力は大きくなる。狭い範囲の小さな行政区画でブランド戦略を行うより、周辺の自治体と協力し合って広範囲のブランド戦略にした方が、消費者や市場へのインパクトは大きくなる。もちろん、農業、工業、商業、観光など、業種や分野を超えて、広い分野で統一した活動にした方がインパクトも効果も大きい。こうしたためにも、情報収集と情報の共有、そして可能な限り戦略の共有化を進めることも、ブランド戦略には重要なポイントである。

6-D ブランド戦略の目的と目標の設定

 ブランド戦略を進めていくには、関係者のブランドについての意識を高め、地域ブランドに取り組むことでどのようなメリットがもたらされるかの理解を浸透させることもしていかなければならない。
 ブランドへの取り組みは、手をゆるめても短期的な売り上げや利益にはほとんど影響しないため、ある程度時間が経過すれば、それぞれの関係者の関心は薄れ、積極性が乏しくなっていく危険がある。しかし、このゆるみが、そのブランドにとって後で致命的な結果をもたらすこともある。これを防ぐため、適切な間隔で定期的にセミナーや勉強会などを開催し、ブランド戦略について繰り返し理解を促し、意識を高めることが大切だ。
 そのため、いつ、誰を対象に、どのようなセミナーや勉強会を行うのがよいか、綿密に計画を立てておくことが望まれる。
 その内容は、ブランド戦略の目的・目標の説明、外部要因(経済、市場、流行、他地域の取り組み状況)の把握、全体および各部門の現状の報告と評価、などが盛り込まれるべきだ。これらは1回にすべてを行うのではなく、別々な機会を設けて分散してもよい。
 また、これに加えて、ブランド戦略の一般的な知識を得る機会も設けることが望ましい。これは、コンサルタントや大学の研究者などによる講義、アドバイザーによる助言、ワークショップの形で行う。
 ブランドについては、専門的な知識が多く、また新しい知見も日々更新されており、これらの情報を定期的に得ておく必要がある。だが半面、「ブランド」という言葉が身近なだけに、専門家でない人もブランドに関するノウハウについて理解できていると思い込みがちな傾向がある。このため、立案したブランド戦略が正しく理解されていない場合もしばしばあり、各々の思い込みによる誤った行動や、定石を知らないがための不必要な遠回りといったムダにも結び付きがちだ。専門家を招いてのセミナーや勉強会は、こうした誤りやムダを是正する役割も持つ。

 ブランド戦略を立てる第一歩として、ブランド戦略の目的と目標を明文化しておくことが不可欠である。その内容は、次の6つの内容を含んでいなければならない。

  • ブランドコンセプトの設定
  • 何のために地域ブランド戦略を行うのか (目的)
  • その目的を果たすことによってどのような成果が得られるか (成果)
  • その成果を得るためには、何を目標にすればいいのか (目標、評価基準)
  • その目標を達成するためのシナリオ (計画)
  • どの部門が、いつ、どのような行動を行うか(アクション)

 ブランド戦略を明文化する狙いは、3つある。
 第一に、そのブランドにかかわる全員が戦略の全貌を正確に理解、共有することを可能にする。ブランドは、異なる事業に従事する各分野の協調なしには成立しないものだが、これにより関係者全員がまとまることができる。
 第二に、関係者全員が、それぞれの事業分野ごとで取り組むべき事柄を承知することを可能にし、具体的な活動を促進する。
 第三に、ゴールを具体的にすることで、それぞれが行っている行動が有効かどうか、誤っていないかを客観的に判断することを可能にする。
 こうしたことを明確にすることによって、ブランド戦略はスムーズに行われるようになる。逆に、こうした目的や目標がなければ、「ブランドを高めよう」と掛け声ばかりが響くだけで、なかなか実践に移せないことになりかねない。
 また、明確な「ブランドのコンセプト」を作成することも非常に重要である。しばしば、ブランド作りと称してマークとキャッチフレーズを作るだけで終わっている場合があるが、コンセプトの立案がこれらに優先することを忘れてはいけない。ブランドコンセプトとは、その地域ブランド全体の理念に相当するもので、すべての商品、アクションはこのコンセプトに沿ったものでなくてはならない。いわゆるブランドにおける憲法ともいえる。
 ただし、「良い商品を作る」「地域を活性化する」という漠然としたものでは、ほとんど意味をなさない。その地域の特色をふまえ、誰が聞いてもその地域のイメージと重なるような内容で、かつ明確な文章であることが望ましい。

6-E ブランドの評価指標

 ブランドがどのように評価されているかを数値で表わす評価指標(KPI)作りも重要である。売り上げや利益、業務量などの従来の評価指標とは別に、消費者からの視点による新しい評価指標を作ることだ。「ブランドを大切にしよう」という掛け声は誰にでもできる。しかしそれが評価指標に反映されなければ、単なる掛け声で終わってしまう。途中で挫折しないためにも「ブランド」という視点での評価指標は不可欠である。
 前項の目的・目標と、評価指標を組み合わせることで、ブランド戦略の計画作りを行う。ブランド戦略は取り組み始めた最初はなかなか効果は数値となって表れない。これは、販売戦略やマーケティング戦略、経費削減など「短期的な効果」を求める戦略とは異なり、ブランド戦略は新商品開発や人材育成などと同様に「長期的な効果」を求める戦略であるからだ。
 消費者の評価を高めるためには、商品の品質を高め、サービスの質を高めることが必要である。消費者の評価が高まれば、将来的には売り上げや利益の向上に結び付き、地域活性化につながる。だから、3年から5年くらいの長期的なスパンに立ち、分野を横断的に捕らえた戦略や将来計画を盛り込んだ、グランドデザイン(長期計画)を作ることが必要だろう。そして、それを具体的に実行するためのアクションプラン(短期計画)を前出の評価指標をもとにチェックする。

  • 地域ブランドのグランドデザイン(長期計画)を立案する
  • 地域ブランドのアクションプラン(短期計画)を立案する
  • 評価指標に「ブランド評価」を反映させる

                  ブランド総合研究所 代表取締役社長 田中 章雄