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■地域ブランド最前線

第4回 ブランドの魅力の伝え方(ブランドコミュニケーション戦略)

まちに眠っていた2つの資源を合体
鴨ネギ鍋にまちの復活をかけた男たち

「新たなまちの特産品を作ろう」
2005年に越谷商工会青年部が中心となって、こんな取り組みが始まった。
 越谷市は埼玉県の南東部にある人口約32万人の都市。日光街道の江戸から数えて3番目に位置する宿場越ヶ谷宿で知られている。熱き思いの男たちは、まず特産品の材料となるような地域資源として、何があるのかを洗い出すことから始めた。
 その結果、2つの有力な資源が見つかった。ひとつは「宮内庁埼玉鴨場」。市内の大林という地区にあり、明治41年に開設されて、内外賓客の接遇に使われている。自然が残された数少ない場所であり、越谷市環境保全区域にも指定されていた。
 そしてもうひとつは「越谷ネギ」。市内増森や中島地区などで生産されているネギは、白根が長く、しまっていて料理に使っても煮崩れしない良質なもの。隣町の「深谷ネギ」は有名だが、越谷のネギも千住の市場などに出荷され高い評価を得ている。
 鴨とネギ。この有力な2つの資源を組み合わせて出来るものといえば「鴨ネギ鍋」。これであれば埼玉の特産として説明もつけやすく、材料もなじみが深い。そこで彼らは「こしがや鴨ネギ鍋」を独自開発し、新たな越谷の街のブランドとして育てるという取り組みに着手したのだ。

■目指すは究極の鴨ネギ鍋

 もちろん単なる鴨ネギ鍋をつくるのではなく、目指すは“究極”の鴨ネギ鍋。埼玉県和光市で開かれる年に一度の地元グルメ料理の対決イベント「彩の国鍋合戦」に出品し、優勝することを目標として取り組みは始まった。来る日も来る日も、毎日のようにさまざまな鴨ネギ鍋を作っては食べる。試行錯誤と暗中模索を繰り返した結果、ようやく数ヶ月がかりで出来上がった鍋でこのイベントに参戦。その結果、ねらい通り初出場で初優勝(鍋奉行)を飾ったのだ。
 狂喜狂乱の中、彼らはその喜びを地元越谷のイベントである「こしがや産業フェスタ」で多くの市民に味わってもらうことにした。しかし、単なる仕出しでは面白くない。
 そこで直径2メートルの大鍋に5千人分の鴨ネギ鍋を作って一杯100円で振舞うことにした。「売れ残ったらどうするんだ?」という一部の不安の声などどこ吹く風。見たこともない巨大な鍋にもうもうと立ち上がる湯気。そして風に乗って遠くまで運ばれるおいしそうなにおい。大鍋は注目を集め、長蛇の列が出来るほど人気を博したのだ。さらに鴨ネギ鍋をモチーフにした親しみのあるオリジナルキャラクター「ガーヤちゃん」も人気を集めた。すると、これをきっかけに地元の多くのイベントから出展依頼が舞い込むようになってきた。わずか1年で「こしがや鴨ネギ鍋」を地元の名物にすることに成功したのだ。
 しかし、彼らの欲望は尽きない。めざすは「本物の究極の鴨ネギ鍋」。なんと近くの農家に協力をお願いし、合鴨農法で鴨を飼い、「鴨ネギファーム」を作って「越谷ネギ」を栽培始めたのだ。そして大鍋も地元にあった古い大鍋をモチーフにしたステンレス製のものを作成してしまったのだ。
 自分たちの手で育てた合鴨と越谷ネギ、そして大鍋。ついに彼らの手による本物の鴨ネギ鍋が完成したのだ。

■一過性のイベントから地域活性化へ

 ただ、鴨ネギ鍋が一過性の地元イベントに終始してしまったのでは、地域活性化にはつながらない。そこで地元の魅力を生かして全国展開を目指すという主旨の「地域資源∞全国展開プロジェクト」という支援事業に申し込んだ。そこで「鴨ネギ鍋の食せる街づくり事業」として目標と選んだのは以下の3つ。
(1) 飲食店での共通メニュー化
(2) 鴨ネギ鍋を使った商品化 (3) 広く越谷の認知度と魅力度を高めるための情報発信とイベント化
 具体的には「鴨ネギ鍋」を提供する参加店を募集し、越谷の街でいつでもこの名物料理が食べられるようなインフラづくりである。越谷は古い街であるがゆえに、新興の隣町や郊外型のショッピングセンターやレストランに客を奪われ、旧中心市街地や駅前商店街には空き店舗や空き地が目立つ。その街に再び客足を呼び戻すのに、この人気メニューを活用しようと言う狙いだ。もちろん地域商店街の活性化につなげるには、こうしたメニュー化を継続的に行うことと、参加店を増やすことが重要である。
 「鴨ネギ鍋」の商品化への取り組みについては、すでに越谷ネギなど地元産の食材を使った「鴨ネギ鍋セット」の試作品を作り、今後はレトルトパックの商品化なども考えている。そしてマスコットの「ガーヤちゃん」のグッズの商品化にも取り組んでいる。こうした商品化・事業化が展開できれば、地元の商店街オリジナルの商品による差別化にもつながり、さらに地域の産業の活性化にもつながる。
 また、情報発信力を高めるため、「ガーヤちゃん」や関係者(鴨ネギマン)のブログなどで若い世代にも親しまれるような工夫をして、発信を行っている。加えて、昨年度は東京・お台場で鴨ネギ鍋のイベントを実施し、越谷のイメージアップと「越谷鴨ネギ鍋」の認知度アップを目指した。今後も、越谷市内だけでなく、他地域でのイベントを通じて、越谷市のイメージアップにも積極的に取り組んでいく。

■思いが伝わればブランドになる

 もちろん、これらの取り組みはまだ十分とはいえない。しかし確実に成果があがり、関係者(鴨ネギマン)の目の色も変わり、成功へのシナリオがぼんやりと見えてきたようだ。彼らの成功の要素は明確。つまり、自分たちの魅力を伝えることに徹底して工夫をしたこと。越谷鴨ネギファーム、ガーヤちゃん、彩の国鍋合戦、2メートルの大鍋、合鴨農法・・・。すべてが消費者視点で組み立てられていることだ。彼らは鴨、鍋、ネギのいずれのプロでもない。しかし消費者が求める「本物」をめざしてあくなき努力を行い、消費者が興味を掻き立てるような工夫をしている。
 自分たちの魅力や思いが消費者に伝わればブランドになる。消費者から支持されてこそ、その対価として「ブランド」という称号が得られるのだから。

                  ブランド総合研究所 代表取締役社長 田中 章雄

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