■地域ブランド最前線
第7回 「伊賀の里モクモク手づくりファーム」に学ぶブランド戦略
体験による驚きと発見は消費者のニーズを超え
差別化とブランド力の向上につながる
■消費者が農業の魅力を感じられる「体験農場」
三重県伊賀市に年間50万人もの人が押し寄せ、そこで作られたハムやソーセージが通信販売で大ヒットしているという農事法人があります。それが今話題の「伊賀の里モクモク手作りファーム」です。
もともとは養豚と野菜の栽培を行っていた数件の農家が「豚にも食べる人にも健康な豚」を使った手作りのハムを作ったことから始まりました。銘柄豚である「伊賀豚」を使ったログハウスの「ハム工房モクモク」を1987年に旧阿山町に設立し、ハムやソーセージを作って売り出したのです。ところが、旧阿山町の人口は8000人と少ないうえ、工房が山の中のわかりづらい場所にあったために、なかなか売り上げが増えませんでした。1日数万円という大赤字が続いていたのです。
そこで、1989年に「手づくりウィンナー教室」を始めました。これは親子で参加してもらい、手づくりでウインナーを作ろうというイベントです。羊の腸に肉を詰めてくるくるとひねると、簡単にウインナーができあがります。それをボイルして食べると、いままで食べたものとはぜんぜん違う自分だけのソーセージが出来上がるのです。もちろん参加した親子(特に子供)は大喜び。味だけではなく、人工添加物を一切加えない安全・安心な作り方や、そして作っているときの楽しさが要因となって、大成功を収めた教室が、大赤字だったモクモクの成功への第一歩となったのです。
教室を開催して間もない頃に参加者から「ウインナーを食べたいので送って欲しい」という連絡がありました。こうして始まった手作りハムとウインターの通信販売ですが、それがどんどん増え始めていったのです。つまり体験教室で大満足した家庭は、モクモクの大ファンになってずっと買い続けてくれたのです。
これをヒントに、1995年には農業の体験を通じて生産者と消費者、地域住民の触れ合う場所として、「モクモク手づくりファーム」をオープンしました。ここではウインナーやパン、とうふなどの「手づくり体験教室」のほか、チーズ学舎や地ビール工房など体感型の工場見学、農村料理の店やバーベキューレストラン、学習牧場、温泉、宿泊施設などがあります。ここは手づくりの楽しさと、農業の魅力を感じられる「体験農場」なのです。
連休や夏休みにはファミリーを乗せた車で周辺が渋滞するくらい人気を集め、今では年間50万人が訪れる人気スポットに発展したのです。
◆経験価値がブランドを強くする
最近、日本各地でこのモクモクの成功を手本に、多くの体験農場や工房が作られるようになってきました。これは「イクスピアイアンス・マーケティング」と呼ばれ、世界中でも注目を集めている手法で、その商品の購入や消費の過程において、楽しく心に残る経験を提供することに主眼を置きます。楽しく心に残った経験は、その顧客を熱烈なファンにさせ、最終的には非常に多くの価値を提供者側にもたらすのです。
かつてマーケティングは「顧客のニーズを充足させる商品を提供し、顧客の満足度や利益を最大化させることが重要である」という考えが主流でした。ところが最近は、製造技術の向上やIT化などによって、消費者のニーズを満たせる商品が簡単に作れるようになってしまいました。
さらに、豊かな時代の消費者はニーズを満たしてくれることに慣れてしまっています。ニーズを満たすのは当たり前であり、それができなければ見向きもしません。つまり、消費者のニーズを満たすだけでは差別化ができなくなっているということなのです。
モクモクでは豚が放し飼いにしてあり、消費者と同じ空間で生活をしています。訪れた人は豚の背中をなで、自らの手でソーセージを作り、パンやチーズを作っているところを見ることが出来ます。これは消費者にとっては非日常の世界であり、驚きと発見をたくさん得ることが出来ます。そして驚きと発見はニーズを超える満足を与え、他との差別化につながるのです。
◆顧客の満足が社員を魅了する
顧客の驚きや発見は、なにも顧客の満足につながるだけではありません。そこで働いているスタッフの満足をも高める効果があります。
モクモクでは、いまたくさんの若い就職希望者が殺到しています。スタッフ自らの手によって顧客が驚き、喜ぶ姿を目の当たりにすることで、スタッフ自体が満足します。顧客の満足は他の顧客に伝染しますが、同時にスタッフの満足度も高める効果があります。その結果、モクモクのスタッフは生き生きとして働き、その姿がテレビや新聞、あるいは商品などを通じて多くの若者に伝わります。「自分もやりがいのある仕事をしたい」と考えている若者の心を惹きつける。こういう構造なのです。
いま、モクモクの従業員数は300人にも達しました。そしてその平均年齢は28歳です。「農産物をつくるだけではなりたってはいかない。加工・販売までを農業としてとらえることで、多くの若者たちが農業でめしを食っていける環境を整えること」(木村修代表)という考えに、学生などの多くの若者が共感を得たからでしょう。高齢化が最大の課題といわれている農業や地域にとって、あるいは企業にとってもモクモクから学ぶべきところは非常に多いようです。
ブランド総合研究所 代表取締役社長 田中 章雄