今までの農産物流通は、誰がどのように生産したものでも、店頭では「トマト」「キュウリ」としか名前が付けられないのが普通でした。ところが昨今は、品種名や、生産者名、あるいは独自に考えたブランド名で農産物が販売されるのが当たり前になってきました。また、「松坂牛」「越前がに」のように、地域名を冠した新しいブランドを作り出そうという動き(地域ブランディング)も活発になってきています。 |
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一方、近年さまざまな業界でブランドに関する研究が進み、現在はブランド作りやブランドの管理にはセオリーがあることも分かってきました。ブランドは思い付きやカンだけで扱うものではないのです。残念ながら、こうしたセオリーを知らずにブランド作りに取り組んで失敗した農産物ブランド、地域ブランドは少なくありません。また、いわゆる「風評被害」が起きた場合も、ブランドの考え方で対策を立てた方がいい場合が多々見られます。
そこで、今回から何回かに分けて、この「ブランド」とは何か、ブランドの作り方と管理の仕方などについて、具体的に説明していきます。
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さて、ブランドという言葉は、ノルウエー語の「焼印」という言葉に由来すると言われています。自分の所有する羊に焼印を押して目印にしたことから来ているのです。今でこそ、「ブランド」といって最初に思い浮かべるのは、高級な輸入バッグやファッションだったりしますが、実はブランドは農業から始まったものなのです。
ところで、羊のお腹に焼き印を押したのは、もちろん他人の羊と見分けるためです。つまり、ブランドというのは「他の類似商品と見分けるため」にあるものなのです。もし、ある商品が類似商品と比べて、なんら特徴がなかったとすると、その商品は他のものと区別する必要はありません。逆に見劣りがするなら、むしろ見分けられない方が好都合ということになり、ブランドを付けることは損失でしかありません。
つまり、ブランドを付けようと考える時には、その商品が他の商品より勝っている必要があるということです。ブランドを考える時には、そこには高い品質や、他にはない特徴があることが絶対に必要な条件なのです。
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「新しいブランドを作ろうと思うのですが、どんなマークにすれば売れるようになるのですか?」と、開口一番にこういう相談をする人がいます。どうもブランディングを「マーク作り」と勘違いしているようです。
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ブランドを作るために最初にしなくてはいけないのは、自分たちの商品が他の商品と比べてどこが勝っているか、つまり、これから作っていこうと思っている新しいブランドの「差別的優位性」を明らかにすることです。
いわば、焼印のデザインを考える前に、どの羊に焼印を押すかを考える必要があるのです。その焼印が押してあることで、他の羊とは明らかに品質が高いという保証(信頼)がなければ、顧客はそれを選ぼうとは思わないのです。
他の商品にはない高い品質=差別的優位性のことを、「ブランド・プレミアム」とよび、これを構築することがブランディング(ブランド戦略)の目的であることを、いつも繰り返し思い出すことが大切です。
では、実際にブランドに取り組むためには何をすればいいのでしょうか。
ブランドへの取り組みには大きく分けて3点あります。つまり、ブランドを作る(ブランド構築)、ブランドを守る(ブランド管理)、ブランドを使う(ブランド拡張)の3つです。
(1)ブランドを作るーブランド構築ー
「商品を作るのは工場、ブランドを作るのは消費者」という言葉があります。
「ブランドを作る」とは、消費者が商品の良さを認識し、その商品や企業(生産者)に対して高い信頼を寄せることです。ですから、「ブランドを作る」というのは、新しい名前の商品を開発するということだけではありません。
たとえば、ある「A」というブランドの商品の品質を高め、その「A」ブランドへの評判や信頼を高めることに成功する。これが「ブランドを作る」(構築)ということです。もちろん、新しい商品を開発し、それに「A」という商品名を付けて売り出したら非常に評判が良かったという場合も、「Aブランドを作る」ことになります。
(2)ブランドを守るーブランド管理ー
逆にブランドの評判や信頼が低下するようなことがないかを管理するのが、「ブランドを守る」(管理)という作業です。
例えば前出の新製品を発売する際に、その商品がもともとの「A」というブランドの評判を下げてしまう危険があれば、その新製品には「A」というブランドを使ってはいけないことになります。つまり、ブランドにはある基準を設けて、その基準をクリアしなければブランドを使ってはいけない。
他に、社内ではブランドを厳密に管理していても、品質の低い類似商品が出回るなど、外部の悪影響を被ってしまうこともあります。そこでブランド「A」を商標登録するなどして、他社製品によって評価が下がることがないようにする行動も不可欠になる。ここで初めて“焼印”が必要になります。
(3)ブランドを使うーブランド拡張ー
ところで、どんなに評判の良いブランドでも、その評価を長い年月の間保ち続けるのは容易なことではありません。消費者は移り気で、嗜好は時とともに変化するからです。ですから、数百年も続いた老舗といわれるブランドであっても、常に新しい創意工夫は欠かさないものです。
というのは新しい商品やサービスを開発できなくなると、ブランドは活気を失います。それでもブランド力を維持しようとして、ブランド管理を強め過ぎると、そのブランドは「使いにくい」ということになってしまう。こうなると、顧客も次第に少なくなり、スタッフもやる気を失い、ろうそくの炎のように、いつの間にかブランドは消えてしまいます。
ですから、高い品質を保ちつつ、新しい商品やサービスを打ち出していくことが重要になる。これが、ブランドを拡張するということです。
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高い品質を伝えるのがブランド
前回「ブランドを作るのは消費者」と指摘しましたが、ブランドとは「消費者による評価」のことであり、その評価を高めることが「ブランディング」(ブランド戦略)です。
いま、地域ブランディングなどに求められていることは、決して、単に地域の認知度を高めるために宣伝したり、デザイン化したマークを貼り付けたりするだけのことではありません。農産品などの品質、サービス、信頼性を高めることや、他地域や諸外国との差別的優位性を明確にすることで、その商品の評価を高めることです。
日本の諸産業には、「より品質のいいものを作る」ことに多くの労力を費やし、諸外国には負けないだけの生産技術と品質を追求してきた歴史があります。当然農業においても、そのことを本来の誇りとしている方がいるはずです。自分の農場の商品、あるいは地域の商品の質の高さを消費者に伝え、それをいかに価格や信頼につなげていくか。農業におけるブランディングは、そこがポイントになります。