北海道の札幌ドーム。東京から本拠地を移して見違えるように強くなった北海道日本ハムファイターズは、今季も絶好調。戦績は7月17日現在、リーグトップをひた走る。主催試合の観客動員数も7月前半で早くも100万人を突破し、日本一に輝いた昨年のペースを上回る。その北海道日ハムが札幌ドーム限定で試合中に販売する弁当のひとつが「稲葉弁当(1000円・税込・以下同)」である。これは、同チームで活躍する愛知県出身の稲葉篤紀選手にちなみ、名古屋名物のえびの天ぷら、エビフライ、味噌カツ、手羽先、ひつまぶし、きしめんをおかずに採り入れたもの。稲葉選手の2種類のカードのうち、どちらか1枚が付いたり、食べ終わった後の空き箱がティッシュボックスとして利用できるなど、ユニークな試みもポイントだ。
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こちらも札幌ドーム限定販売の「コンサドーレ必勝弁当」 |
7月3日の発売初日には、600個用意した弁当が開場から45分で売り切れ。4日に600個、5日に700個用意したが、いずれも完売となった。「現在は1日に製造できる最大数である800個を作って販売していますが、毎回完売となっています」(札幌ドーム総務部総務課)と、相変わらずの人気ぶりを誇る。
相手チームはおかずに見立て「食べてしまえ!」
一方で、同じドームを本拠地とするサッカークラブのコンサドーレ札幌も、今季はJ2で首位を走っている。その好調ぶりに熱狂するファンの胃袋を満たしているのが、「コンサドーレ必勝弁当(800円)」だ。メインのおかずはトンカツかチキンカツの2種類で、ホームゲームの試合毎に交互に販売する。この弁当の最大の特徴が、「対戦相手を食う」意味で添えられる副菜。素材には相手チームの本拠地の名産品などが使われる。例えば、対湘南ベルマーレ戦では、「板蒲鉾」を使った「板蒲鉾とねり梅のシソ巻き天ぷら」、東京ヴェルディ戦では、「あさり」を使った「あさりの酢味噌和え」、愛媛FC戦では、ゆずを使用した「刻みゆずの春雨サラダ」といった具合である。「サッカーの試合で販売される弁当の中では、一番の売れ行きです。1試合で約700個を販売しています」と、同総務課はいう。札幌ドームでは、そのほかにも定番弁当として、「帆立幕の内弁当(800円)」、「ずわい蟹ちらし鮨(800円)」など、北海道色豊かなものも販売する。
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「セ界制覇弁当」は常勝・巨人軍らしく、他球団を全部食べる! という大胆なもの |
一方、読売ジャイアンツの本拠地、東京ドームで人気を誇るのが、「セ界制覇弁当(1300円)」だ。円形の弁当箱にはおかずがぎっしり。それらはすべてライバルチームにちなんだものになっている。例えば、中日ドラゴンズは名古屋名物の天むすと味噌カツ。横浜ベイスターズはちまきとシューマイ、阪神タイガースはたこ焼きと黄色・黒の縞模様が入った卵焼き、広島カープはお好み焼きと赤カブ(カープにかけている)、東京ヤクルトスワローズは穴子ご飯とシイタケ・楊枝で模した同球団名物の傘となる。「セリーグの全対戦相手食べてしまえ! というコンセプトです」(東京ドームのPRグループ)。
本塁打が出れば、おかずも増える
中日ドラゴンズのホームタウンであるナゴヤドームも負けてはいない。スタジアムの弁当を「球弁」と称し、実に30種類もの弁当を用意する。中でも特に目を引くのが、「ホームラン弁当(1200円)」だ。おかずは盛りだくさんだが、中日ドラゴンズの選手がホームランを打った翌試合は「ご祝儀ホームラン弁当」となり、さらに「ねぎまとんかつ」が追加される。また、そのバージョンアップ版である「満塁ホームラン弁当(1500円)」も、ドラゴンズの選手が満塁弾を放った翌試合には、あみ目ハンバーグと蒸し栗が追加となり、エビフライが頭付きになる。つまり、選手の活躍が弁当に反映されるという、非常に有難いコンセプトを実現しているのだ。
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ドラゴンズ選手が本塁打を打った翌日の「ご祝儀ホームラン弁当」では、おかずにねぎまとんかつが追加される |
ナゴヤドームでは他にも、証書付純系名古屋コーチンを使用した「とりめし(880円)」や、味噌カツ、味噌エビフライ、味噌玉子の味噌づくし弁当である「ドンドン勝丼(900円)」など、地域色の強いグルメもラインナップしている。
横浜ベイスターズの本拠地、横浜スタジアムの売れ筋は、何といっても崎陽軒の「シウマイ弁当(840円)」だ。「昨年の売上げは約4万個。1試合平均600〜700個、多い時には1000個は売れる」(横浜スタジアム広報部)というほどの人気弁当なのである。
選手・監督がモチーフの弁当も続々登場
阪神タイガーズの本拠地である甲子園球場に足を運んだらぜひ賞味したいのが、「金本兄貴のスタミナハラミ丼(1000円)」だ。阪神の中軸を担う金本知憲選手が東北福祉大学時代によく食べていた弁当の中身を再現したもので、2005年7月の発売開始以来、常に人気上位にランクされる定番弁当だ。内容的には、ご飯の上にたっぷりの明太子が載り、その上に海苔が敷き詰められている。おかずはキムチ、青菜、豆もやし、そしてメインとして味噌ダレに漬け込んだ網焼きハラミ肉が陣取る。さらに「金本兄貴」の焼き印入り厚焼き玉子をトッピング。「ボリュームがあり、温かいうちに提供できているのでファンには好評。毎試合、400〜500個が売れています」と、甲子園球場の広報担当スタッフは話す。
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「金本兄貴のスタミナハラミ丼」。目の前で焼かれたハラミ肉はまさに垂涎もの |
また、千葉マリンスタジアムでも、千葉ロッテマリーンズ所属の人気者にちなんだスタ弁を販売する。その人気、知名度ともにチームNo.1といっても過言ではない人物は、いわずと知れた名将、ボビー・バレンタイン監督である。弁当の名称は、単刀直入に「バレンタイン弁当(1100円)」。赤パックと黒パックの2種類を用意する。赤パックは女性を意識したもので、おかずには、パスタ、ペンネ、ピラフ、カツレツ、ロシアンソーセージなどを盛り付けた。黒パックはボリューム重視で、ビーフ、チキン、マグロのステーキをおかずに採用。いずれもバレンタイン監督の好みを反映させたものだ。「選手をモチーフにした弁当もあったが、結局販売終了となり、人気の高い監督の弁当だけが残った。おかずは、お客さんの声も聞きながら、満足感の高いものになるように入れ替えている。黒パックについては、7月にリニューアルしたばかりですね」(千葉ロッテマリーンズ事業部)。
バリエに富むサッカー・スタ弁の世界
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リニューアルした「バレンタイン弁当」の黒バック。ボリューム満点だ |
サッカーのスタ弁は各チーム各様で、プロ野球以上にバリエーションに富むといった印象が強い。例えば横浜F・マリノスが本拠地とする日産スタジアム。人気の定番メニューは「トリコロール勝サンド(600円)」だ。チームカラーがトリコロール(青、白、赤の3色)であることにちなみ、エビカツ、ソースヒレカツ、味噌ヒレカツの3種類のサンドイッチをセットで提供する。中澤佑二選手など中軸選手のカードが特典として付くのも魅力だ。
他方、浦和レッドダイヤモンズのホームグラウンドである埼玉スタジアム2002のスタ弁は、趣が全く異なる。まず、同スタジアム定番の弁当である「ベストイレ弁(900円)」。このベタな名称の弁当は、4業者によりそれぞれ別々につくられて販売されている。ポイントは、弁当のおかずが業者によって異なること。具体的には、「味衛門」では、カツ、パスタ、から揚げ、オムレツ等、「正直屋」では、カップグラタン、コロッケ、イカのチリソース、から揚げ等、「グリーンパル」では、エビフリッター、から揚げ、かぼちゃグラタン等、「東武食品サービス」では、焼き魚、ヒレカツ、肉団子、惣菜等となっている(※おかずは随時内容が変更される)。サポーターは、購入する業者を替えることで、試合毎に違う内容のおかずを楽しめるわけだ。ただし、ご飯の内容だけは各社共通である。
その内容には一定のルールがあり、前節のホームゲームの試合結果が白星の場合は赤飯、引き分けは白いご飯、黒星ならそばの実入りご飯となる。いずれの試みも、実に独自性や創意工夫が感じられる。
ベストイレ弁のほかにも「レッドカレー(600円)」という名物がある。ココナッツミルクを用いた、少々辛味のきいたタイ風カレー。カレーの色や添え物のゆで卵の色がチームカラーである赤に染まっている、浦和レッズファンからの絶大な人気を誇るスタ弁なのである。「埼玉県産の野菜、地元で獲れた『拍手喝采』という米を使っているのもポイント。サポーターの間でこれを食べると負けないと言われていた時期もありました」(浦和レッドダイヤモンズ営業部)。
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赤く染まったゆで卵が印象的な「レッドカレー」。ピリッとした辛さも人気の秘訣 |
カレーといえば、ジェフユナイテッド市原・千葉の本拠地であるフクダ電子アリーナで販売される「サマナラ インド・スリランカカレー」も、名物人気メニューの地位を不動のものとしている。本場インドのシェフがタンドール(土窯)を使って焼き上げたナンと、数種類のスパイスと野菜を3日間かけてじっくりと煮込んだ深みのあるカレーが、ファンのグルメ心をくすぐる。チキンカレー、ポークカレーなどを用意し、カレーの値段は一律700円だ。
そして、弁当の範ちゅうには入らないが、ぜひ紹介したいのが、カシマサッカースタジアムの「もつ煮」である。Jリーグファンの間では知る人ぞ知る名物料理。同スタジアムを本拠地とする鹿島アントラーズのファンだけでなく、対戦相手のサポーターも敵地に乗り込んだときの楽しみの一つに数えるほど、定番の人気メニューなのだ。
もつ煮は小さいカップ入りが300円、大きいカップが500円。販売する店舗は実に25〜30店舗にも及ぶ。それぞれあっさり味だったり、こってり味だったり、特徴がある。特に人気のあるものが「鹿島食肉事業協同組合」が提供するもつ煮。昨年秋に開催されたサポーターの投票によるビールに合うつまみを決めるコンテストでは、堂々の1位を獲得している。
スタ弁は食と娯楽性をつなぐユニークな弁当
さて、様々なスタ弁を紹介してきたが、まとめると、これらは、いくつかのカテゴリーに分類することができる。
まずはプロ野球によく見られる「選手・監督型」のスタ弁だ。これは駅弁などには見られない、スタ弁ならではのものである。選手では、北海道日ハムの稲葉選手、阪神の金本選手、監督では千葉ロッテのバレンタイン監督のスタ弁が人気の弁当となっている。今回は紹介しなかったが、福岡ソフトバンクホークスにも、松中信彦選手、斉藤和巳選手、小久保裕紀選手、和田毅選手、川崎宗則選手の各選手の名前を付けたスタ弁がある。ただ、この手の選手や監督をモチーフにする弁当は流行り廃りの移り変わりが激しく、生き残ることは難しいようである。また、選手・監督の人気に頼るところが大きいため、活躍度合いが売上げに直結する。当然ながら、引退したり、他球団に移籍すれば即刻販売終了の憂き目を見ることになる。3年目に入ってもまだ人気が持続している金本選手のスタ弁などは、レアケースといえるのだ。
「ライバル型」も見受けられる。「相手を食う」という意味合いを込めて、ライバルチームをおかずに例えるアプローチだ。サッカーでは札幌ドーム、プロ野球では事例として取り上げた東京ドーム以外にも、ナゴヤドームなどで、相手チームゆかりの食材を盛り込むケースが見られた。
そして、個人の打撃成績やチームの勝敗を弁当の内容に連動させる「成績連動型」も少なくない。ナゴヤドームの「ホームラン弁当」、埼玉スタジアム2002の「ベストイレ弁」が、そうした手法を試みている。これらもスタ弁ならではのトレンドといえるだろう。
駅弁や空弁、速弁などにも散見される、その土地の名産を扱う「名産型」も定番となっている。札幌ドームの「ずわい蟹ちらし鮨」、ナゴヤドームの「とりめし」、横浜スタジアムの「シウマイ弁当」などがその代表例である。
一方で、土地柄との関連性は薄いが、長年提供し続けることで、名物となるケースもある。これは「名物型」として分類できる。このカテゴリーはサッカーのスタジアムによく見られるようで、フクダ電子アリーナの「サマナラ インド・スリランカカレー」、鹿島サッカースタジアムの「もつ煮」などが代表格として挙げられるだろう。
スタ弁ならではの独特のアプローチや世界観を構築する動きは、集客のフックや商品化、ブランドづくりなどの点において、少なからず学ぶべき点がある。特に食と娯楽性を融合させる試みにはユニークかつ秀逸な発想が目立つ。その発想法は、弁当という枠にとどまらず、他分野でも大いに参考にしたいところだ。