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手のひらに載せるとその大きさがわかる。豆もふっくらして、実に旨そうである |
丹波篠山(兵庫県篠山市)のいくた農園がつくった「丹波黒大豆枝豆」はまさに驚きの連続だ。まず、サヤの大きさに度肝を抜かれる。「丹波黒」の名で知られる丹波黒大豆は、大豆の中でも特に粒が大きい大粒種。正月の煮豆でお馴染みの大豆である。現在、岡山県や京都府などでも生産されているが、実は丹波篠山が本家本元の生産地である。その最大級の大豆の枝豆だから、とにかくサヤが大ぶりなのだ。
サヤを押して、豆を一気に口の中に放り込んでみる。やや黒みがかった大きなプリプリの豆が、噛むごとに口の中ではじける。甘味、旨味を備えた実に濃厚な味わいだ。そして、同時に黒豆の香ばしさも漂ってくる。今まで食べてきた枝豆のイメージがガラリと覆すような、それほどのインパクトが、目、口、鼻を立て続けに刺激するのである。ビール党にはたまらない逸品。それは、まさに枝豆の王様と呼ぶにふさわしいものなのだ。
丹波篠山の自然の恵み、無農薬・無化学肥料へのこだわり
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6月に苗を植え、除草などの手間を重ね、4ヵ月後の10月10日〜25日にようやく収穫 |
なぜこれほどの究極の枝豆ができるのか。それを知るには、まず、篠山という土地柄を紐解くのがいいだろう。いくた農園の責任者、生田雅和さんが語る。
「丹波篠山は、大昔は湖の底であり、地形は盆地。土は粘土質で、山のほうから流れ込んでくる豊富な水や栄養をしっかりと貯蔵してくれます。さらに、良質な土の下には、石灰層があって、土をアルカリ性にしてくれる。これも野菜の成長助けてくれるわけです。
それにまだありますよ。標高250mに位置し、昼夜の寒暖差が非常に大きい。これが作物の糖度を高めてくれる。丹波霧と呼ばれる濃霧が発生することもポイントですね。霧は野菜に十分な潤いを与えてくれるのです。これは他の地域が真似しようにもできない、素晴らしい自然の産物です」。
なるほど、丹波篠山特有の自然に秘訣があったわけである。だが、もちろんそれだけにとどまらない。生田さんが進める農法にも美味しさの理由がある。無農薬・無化学肥料で栽培しているのである。
「丹波篠山産の黒大豆枝豆というだけで希少性が高い。それに農薬も化学肥料も一切使っていないものとなれば、もう、幻といっても過言ではない。農薬、化学肥料を使わないなんて酔狂なことをやっているのは僕ぐらいなもんですよ」
生田さんは幾分自嘲気味に話すが、確かにこの農法はほかでは見られない。手間もかかれば、リスクも高い。それでも、生田さんは、自然の味、本物の味を求めて、一貫して無農薬・無化学肥料にこだわってきた。
収穫後の管理、鮮度にもこだわるから「甘い、旨い」
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500g入りのパッケージ。販売予定期間は毎年10月10日から2週間程度 |
収穫後の管理にも徹底的なこだわりを見せる。丹波黒大豆枝豆の収穫期は10月。本来なら正月の煮豆用に使う黒大豆を、成熟前の青く、若いサヤの状態のときに刈り取る。まず、早朝に畑から収穫した枝からサヤを機械処理で外し、20名にも上るスタッフが、ひとサヤごとに丁寧に手作業で検品する。無農薬のため、歩留まりは低く、この過程で大量の規格外品を排除することになる。しかし、それも「どこにも負けない安心感、本物の味わいとコク」のためには致し方ないと考える。
検品には数時間かかるが、その間は常にサヤを濡れ新聞で保湿する。豆の糖度を保持するためにはこの作業が欠かせないのだ。その後、おめがねにかなったサヤだけが500gごとに袋詰めされ、すぐさま急速冷蔵される。そして、その日の夕方にはクール便で消費者のもとに発送される。つまり、鮮度が非常に高い。この鮮度の高さも「甘さ」「旨味」の秘訣なのだ。
販売はインターネットによるダイレクト販売が中心だ。収穫時期の前に、ホームページ(http://www.eonet.ne.jp/~kuromame-mura/index.html)で注文を受け付ける。ひと袋が2289円(税込)。送料の1000円も含めると、3000円以上。率直に言って、枝豆の値段としては破格だ。
「でも、無農薬、無化学肥料による手間、人件費、経費などを考えると、どうしてもそれ以上下げられない。幸い年配のお客さんを中心に引き合いは多い。買っていただいた方からも『今まで食べていた枝豆と全く味が違う』、『なんでこんなにも甘いのか』とすごい反響がある」と、生田さんはいう。
最近では、マスコミへの露出も増え、「いくた農園の丹波黒大豆枝豆」として、認知が徐々に広がってきた。特に平成18年10月に日本テレビ「おもいッきりテレビ」で放映されたときの反響はすさまじかった。丸2日間の撮影で放映時間は10分あまり。商業目的ではない純粋なレポートだったので、連絡先を表記しなかった。すると、放送終了後、テレビ局や篠山市の観光課、市役所、農協、名称が似ている農家へと問い合わせが殺到。市役所経由で購入の見込みが高い顧客にのみ電話番号を教えるという対応をとったところ、それでも2日間電話は鳴りっぱなし。電話が落ち着くまでには1週間ほどかかったという。
また、生田さん自身も積極的にPRを試みている。ひとつは全日空の国内線向け機内誌「ANA SKY SHOP」。平成19年の7・8月号に掲載された。テレビ出演の実績もあり、掲載の話はスムーズに進んだという。
脱サラで野菜作りの世界に飛び込む
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丹波篠山に発生する丹波霧。この自然が生み出す湿気が枝豆に十分な潤いを与える |
昭和38年に山口県に生まれ、大阪で働きながら、いつか一生ものの仕事に就きたいと思っていた。転機は38歳のとき。趣味の釣りで丹波篠山を訪れたとき、魚とともに地元の道端で売っていた野菜を口にし、その美味しさに感動したという。そこから「自分でも野菜を作ってみたい」と一念発起。会社の勤めながら、丹波篠山の農家に週末通い、農業の研修を受けた。そして、周囲の反対を押し切って脱サラし、野菜作りを始めたのである。
この世界に飛び込んだ当初は苦難の連続だった。もとより自然を相手にする仕事。教え通りにこなしても、結果に結びつくとは限らない。しかも、無農薬・無化学肥料のこだわりを貫き通したから、なおさら困難を極めた。
他の野菜同様、黒大豆枝豆も結果が出ない。試行錯誤は3年間に及んだ。そしてある日、「これだ!」という味をついに自分の手で生み出した。“幻”の丹波黒大豆枝豆が誕生したのである。
枝豆は夏の風物詩と思われがちだが、俳句の世界では実は秋の季語。中秋の名月(十五夜)と並び、月見の日として重んじられた十三夜(旧暦の9月13日、今年は10月23日)は、「豆名月」とも呼ばれ、神棚に枝豆を供える慣わしもある。いくた農園から届いた丹波黒大豆枝豆を肴に、月見で一杯というのも悪くないだろう。