和歌山県で梅づくりが盛んになったのは、江戸時代に紀州徳川家の5代目藩主・吉宗と紀州田辺藩家老職・安藤帯刀が、田辺・南部地方(現田辺市、みなべ町)で、その栽培を奨励したことに端を発するといわれている。その後、明治末期に、梅干が持つ健康効果が広く知られるようになり、需要が急増。栽培面積も急激に広がった。
昭和に入り、この梅の一大産地に転機が訪れる。梅づくりに尽力していた小山貞一氏が、梅農家の高田貞楠氏が所有する、とりわけ大きな果実がなる1本の梅の母樹から、穂木を譲り受け、大切に育て始めた。さらに戦後、その「高田梅」を含めた数十種の梅の母樹の中から、地元の風土に適したものを選別しようと、「梅優良母樹調査選定委員会」が発足。小山氏も委員に名を連ね、地元の南部高校園芸科の協力のもと、徹底的な調査が実施された。その結果、高田梅が最も風土に適した「最良品種」に選ばれたのだ。
昭和40年、高田梅は農林登録に際し、「南高梅」と命名されることになる。この名称は、南部地方の高田氏を略したとも、調査を進めた南部高校の略称ともいわれているが、とにかくここに、新たな梅のブランドが産声を上げたのである。大粒で、皮が薄く、果肉がふくよかで、柔らかい。好条件が見事なまでに揃った梅の実は、その後瞬く間に消費者の心を捉えていく。そして、今や押しも押されぬ梅干のトップブランドとして君臨していることは、周知の事実である。
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まるで桃のように、黄色と薄い紅色に彩られた南高梅の実。このフルーツから染み出る香りと甘さが極上の梅酒をつくる |
その最高峰の梅を惜しげもなく使って、中田食品は梅酒の製造販売を始めた。商品名は「紀州南高 完熟梅酒 樽」。平成10年のことである。
この梅酒の秀逸であり、特筆すべき点は、その原料や製造工程に見ることができる。まず原料に使う梅は、一般的な梅酒に見られるような「青梅」ではない。皮が黄色く、一部がほんのり紅色に色づいた、完熟の南高梅を使用するのだ。
南高梅は梅干用と同じ果実を使う。果実は木からもぐのではない。完熟して枝からポトリと落ちたところを拾って原料とするのだ。それは今何かと話題になっている宮崎のマンゴーが熟しきって落ちるのと同じ原理。落下した梅は、実がパンパンにふくらみ、栄養分や甘さが隅々まで行き届いた最高の状態というわけである。
そこからの製造工程も中田食品ならではのノウハウが凝縮されている。以下は、発売元・ナカタの総務部総務課に勤務する小串慎一氏の説明だ。
「拾った梅はその日のうちに漬け込みます。南高梅自体に甘味があるので、使用する砂糖の量は一般的な梅酒の6割程度。これで自然な甘さが出ます。この砂糖に高純度に精製されたアルコールを加え、9ヶ月ほどタンクで漬け込み、熟成させます。その後は梅の実を取り出してさらに数ヶ月熟成。これで梅酒の元となる原酒が出来上がります」。
洋酒用オーク樽でさらに熟成
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たわわに実り、完熟のときを迎えた南高梅の実。熟しきったものから自然と下に敷かれたシートに落ち、それを丁寧に拾い上げて原料とする |
これで終わりではない。もうひと手間かけ、味と香りに磨きをかける。
「原酒を洋酒用のオーク樽に移し、また1年以上熟成させるのです。それはブドウからつくるブランデーを樽で寝かせるのと同様の工程。梅はブドウと同じフルーツなので、樽で熟成させるのに適した原料なんですね。そして、漬け込んでから2年以上の月日を経て、ようやく『紀州南高 完熟梅酒 樽』が完成します。その原酒は何も加えることなく、そのままボトリングされ、『樽仕込み原酒』として、出荷されます」。
オーク樽の保有個数は約230リットル入るものが144本。そこから年間約2万本の極上梅酒が世に出て行く。年間2万本なので、一度に多くの本数を流通させることができないが、「それくらいのプレミアム感があったほうがいい」と、小串氏はいう。少々勿体つけて売ったほうが、ブランド価値は上がるというわけである。
試験的に3年、5年と、より長期間オーク樽で熟成させている梅酒もある。ただし、まだ商品化には漕ぎ着けていない。「長期熟成すればするほど、樽がふさがる期間が長くなり、メインの商品の出荷量が少なくなってしまう。そこが悩みどころ」と、小串氏は胸の内を語る。超長期熟成酒が市場にデビューするかどうかは不透明。しかし、一消費者、一ファンとして、飲んでみたい気持ちは、“大いに”ある。
「『樽』は各方面で非常に評判がいい」と、小串氏は自画自賛する。「和歌山県選出の国会議員が大ファンになり、同じ党の議員らに配っている」、「梅酒好きの芸能人が好んで飲んでいる」などといった噂も、たびたび耳にするという。
数年前にブームが巻き起こり、今では居酒屋や日本料理店の定番ドリンクとして、すっかり定着した感のある梅酒。その最高級ブランドとして、「樽」が世間的認知を獲得する日は、そう遠くないかもしれない。