■田中章雄のブランド戦略日記 Vol.6
自販機より心のこもったサービスを |
先日、ある九州の観光地に行ったときの話です。セミナーのあと、いつものように飛行機や電車の出発時間までの合間(弊社の某社員はこれを「隙間」と呼び、ここに仕事とかミーティングを入れようと画策することがあります)を使って、町の中を歩いて散策していました。
荷物をホテルに預け、地図と旅行案内のパンフレットなど片手に(ポケットには万歩計を入れて)、商店街や店舗、歴史的建造物などを猛スピードで見て回るのです。
その日も空港行きのバスまで残された時間は約2時間。市電とバスを使い、駆け足で観光客のいる市内を回りました。観光スポットを4つ、老舗の菓子店を3つ、商店街を3つ、観光案内所を1つ、土産売り場を4つ。合計15箇所なので、移動時間を半分とすると1箇所あたり4分しかありません。観光ツアーでこれをやったら暴動が間違いなく起きますね。
さて、その町は今回が4回目の訪問になるので、なんとか無事時間内にすべてを回ることができました。予定時間の5分前にはホテルに戻り、汗でぬれたTシャツを着替えていざ岐路に。そして事件(?)はそこで起きました。
荷物を手に空港行きバスが発着するバスターミナルに到着。するとそこで係員が「空港行きのバス、まもなく発車します」と叫んでいるではないですか。そうです、予定していたよりひとつ前のバスに間に合ったのです。これに乗れば空港の土産店でその地域の名産品を探す時間を確保することができます。
係員の方に乗る意志があるという合図を送り、自動券売機の前でポケットから財布を出しました。するとそこには1万円札しかありません。小銭も千円札もないのですね。その自動券売機は歴史的建造物ほどではありませんが、やや時代がかったもの。果たして1万円札は使えるのか?
「バスにお乗りの方は、チケットを買ってお乗りください」
まさに私の行動を見透かしたような係員のせりふ。その横を見ると、おおっ、3つある有人の窓口に誰も並んでいないではないか。
喜び勇んで、窓口の前に進み、そこで1万円札を出して空港行きのチケット1枚を注文しました。すると、その窓口のお姉さんはにっこりと笑ってこう言ったのです。
「空港行きのバスですね。チケットは隣の自動販売機でお買い求めください」
え? 耳を疑いました。
「ここでは買えないんですか?」
「自動販売機では1万円札もご利用いただけます。そちらへどうぞ」
ちなみにその窓口は定期券などと一緒に「空港行きバス」とも書いてあるのに・・・。しかしそこで押し問答をしている余裕はありません。また手一杯の荷物を抱えて自動販売機に戻り、1万円札を入れてチケットを購入。そして走ってバスに滑り込みました。なんとかセーフ。しかし私には不快感しか残っていません。
その町は観光地。観光というのは施設を見るのではなく、人と人とのふれあいを楽しむことが目的でもあります。観光地は気持ちよく人を向かえ、旅なれない人を安心させて満足度を高めることが重要です。
その窓口は仕事をしたくなかったわけではないでしょう。ただ、個人客の空港行きバスのチケットは自動券売機での購入を促せ、というマニュアルどおりに行動をしていたのかもしれません。しかし、急いでいる、1万円札しかない、荷物を手いっぱい持っている、窓口には誰も並んでいない。こういう条件を察したとき、その窓口で切符を売らない理由が見当たりません。
自動券売機というのは、消費者が望んで設置されたものではない。単に金額が並んでいるだけの自動券売機で切符を買うには、まずは料金を調べ、その料金に見合うボタンを探さなければいけない。どちらかを間違うと、取り消したり、取り替える作業は大変な手間と時間がかかる。それより窓口で「××まで」と伝えて購入するほうがはるかに安心で、楽なのです。自動券売機は通勤客や慣れたリピーターにはいいかもしれないが、不慣れな観光客には実に厄介なしろものだと思います。
窓口の効率化、人件費削減という理由で自動券売機を設置することを反対するつもりはありません。しかし、旅行客の心理を考えた臨機応変の対応、心の通ったサービスを忘れてはならないと思います。
窓口が笑顔で「またお越しください」「旅行は楽しめましたでしょうか」などと一言加えるだけでずいぶん印象は違います。係員も「お待ちしますので、ご安心ください」と言ってくれれば安心します。こうした相手の気持ちになって行動することが、まちのブランド価値を高めることになるのではないでしょうか。
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